コラム

クリニック就業規則の作り方|機能する規則を整備する5ステップ

「就業規則、開業時に社労士に丸投げして作ったけど、スタッフとトラブルになったときに使えなかった」——こういう話は、クリニック経営の現場で本当によく耳にします。就業規則を「法的に必要だから作る書類」として捉えているうちは、おそらくいざというときに機能しません。

私は看護師として病棟・内科クリニックで10年以上働き、その後MBAを取得して広告代理店でマーケティングを学んでから医療コンサルタントとして独立しました。クリニックの経営に携わる中で、就業規則の不備がスタッフ離職・院内トラブル・労務リスクに直結している場面を何度も目の当たりにしてきました。

この記事では、クリニックの就業規則を「作る手順」から「実際に機能させるポイント」まで、現場感覚を持つコンサルタントの視点で解説します。社労士に依頼する前に院長自身が理解しておくべきことも含め、実務レベルでそのまま使える内容をお伝えします。

なぜクリニックの就業規則は「機能しない」のか

就業規則は労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場では作成・届出が義務づけられています。しかし開業間もない小規模クリニックでも、就業規則がなければ労務トラブル時に使える根拠がなく、事実上の経営リスクになります。

現場で多く見られるのは「テンプレートをそのまま使った就業規則」です。社労士が提供する汎用テンプレートは、製造業・一般企業向けの記載が混在していることが多く、クリニック特有の勤務形態——シフト制・夜間対応・診療科ごとの業務範囲——に対応できていないケースが少なくありません。

私自身、美容クリニックの事務局をしていましたが「遅刻の定義が曖昧で、診察開始時刻なのか業務開始時刻なのかがグレーゾーン」という状況を経験しました。スタッフ間で解釈がばらつき、小さな不公平感がじわじわと職場の空気を悪化させていたのです。就業規則の一文が、院内の人間関係を左右することがある——これは実感を持って言えます。

「書いてある」と「機能する」は別物

就業規則は作っただけでは機能しません。スタッフに周知されているか、日常の運用と乖離していないか、この2点が揃って初めて就業規則は「院長を守るツール」になります。

労働基準法第106条は、就業規則の周知義務を定めています。書面の交付・掲示・データ共有など、スタッフが実際にアクセスできる状態にしておくことが法的要件であり、経営的にも重要です。周知していない就業規則は、トラブル時に「そんなルール知らなかった」と言われれば覆る可能性があります。

クリニック就業規則に必ず盛り込むべき記載事項

労働基準法第89条が定める「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」を押さえた上で、クリニック特有の項目を追加することが重要です。以下に整理します。

法定の絶対的必要記載事項

  • 始業・終業の時刻、休憩時間(シフト制の場合は交替制の旨と各シフトを明記)
  • 休日・休暇(年次有給休暇の取得手続き含む)
  • 賃金の決定・計算・支払い方法、締め日・支払日
  • 退職・解雇に関する事項

クリニック経営で特に重要な追加記載項目

  • シフト制勤務の手続き:シフト提出期限・変更ルール・急な欠勤時の対応手順
  • 守秘義務・個人情報保護:患者情報のSNS投稿禁止を明文化(医療機関特有のリスク)
  • 副業・兼業に関する規定:看護師・医療事務の副業が増えている現代では曖昧にしない
  • ハラスメント防止規定:院長・スタッフ双方を守るために必須
  • 制服・身だしなみ基準:患者接遇に直結するため、医療機関らしく具体的に記載
  • 試用期間の明記:期間・評価基準・本採用基準を明確にしておく
  • 懲戒処分の種類と事由:口頭注意・減給・解雇の段階と事由を具体的に列挙する

特に守秘義務とSNS規定は、医療機関として絶対に外せません。近年では看護師が患者の個人情報などをSNSで発信してしまうニュースも出ています。

患者情報の漏洩は医療法・個人情報保護法上の問題になるだけでなく、クリニックの信頼そのものを失います。「常識の範囲で」という記載では不十分で、「患者に関する情報を業務外でSNS・口頭を問わず第三者に開示してはならない」と明文化することが必要です。

 

クリニック就業規則の作り方|5つのステップ

STEP 1:現状の労働条件を棚卸しする

まず、今スタッフに約束している労働条件をすべて書き出します。雇用契約書・口頭で伝えているルール・慣習的に行ってきた運用を一覧化してください。「昔からそうしている」という暗黙のルールが、就業規則に書いていないために後でトラブルになることは業界全体でよく見られます。

STEP 2:クリニックの診療体制に合わせた勤務区分を整理する

診療科・診療時間・シフト形態によって、始業・終業・休憩の設定が複雑になります。特に「診察開始前の準備時間」「診察終了後の片付け時間」を労働時間として扱うかどうかは、明確に定義しておかないとトラブルになります。この点は労働基準監督署の調査でも指摘されやすい部分です。

STEP 3:社労士・弁護士と協働して文書化する

STEP1・2で整理した情報を持参した上で、社労士に依頼します。「テンプレートをください」ではなく、「うちのクリニックの実態に合わせて作りたい」と伝えることが重要です。作成費用は社労士によって異なりますが、顧問契約とセットで依頼する方が継続的なメンテナンスができるためコストパフォーマンスが高いケースが多いです。

STEP 4:スタッフへの周知と署名取得

完成した就業規則は、全スタッフに書面またはデジタルで配布し、「受領・確認しました」という署名または電子サインを取得します。この記録が後日のトラブル時に証拠になります。単にロッカーに貼るだけでは周知の証拠として弱い点に注意してください。

STEP 5:労働基準監督署への届出

常時10人以上の労働者がいる場合は、就業規則を労働基準監督署に届け出る義務があります(労働基準法第89条)。届出の際には「就業規則(変更)届」と「意見書」(労働者代表の意見を聴取したことを示す書類)を添付します。10人未満でも、将来のスタッフ増加を見越して早めに整備しておくことを私は強くお勧めしています。

クリニック就業規則でよくある失敗パターン

失敗1:「有給休暇の取得手続き」が曖昧

「申請は2週間前まで」と口頭で伝えているだけで就業規則に記載がないケースは非常に多いです。2019年の働き方改革関連法施行により、年次有給休暇の年5日取得義務が定められています(労働基準法第39条第7項)。取得手続きが明文化されていないと、院長が取得を促す義務を果たせないリスクがあります。

失敗2:懲戒規定が抽象的すぎる

「規律違反を行った場合は懲戒処分とする」のような抽象的な記載では、いざ問題が起きたときに具体的な処分ができません。「患者の個人情報を業務外で漏洩した場合」「正当な理由なく3日以上の無断欠勤をした場合」といった具体的な事由を列挙することが重要です。

失敗3:改定せずに放置している

開業時に作った就業規則を一度も見直していないクリニックは少なくありません。法改正・診療報酬改定・雇用形態の変化に合わせた定期的なメンテナンスが必要です。少なくとも年1回、社労士と一緒に内容を確認する習慣を持つことをお勧めします。

失敗4:パートタイム・アルバイトへの適用が不明確

正職員向けに書かれた就業規則をパートにも適用しているつもりでいると、パートタイム労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)への対応が抜け落ちているケースがあります。雇用形態ごとに適用範囲を明記するか、別規程を設けることを検討してください。

就業規則を「院内文化の土台」にする視点

私がクリニック経営に携わる中で強く感じるのは、就業規則はルールブックである以前に「このクリニックで働くとはどういうことか」を伝えるメッセージでもあるということです。

冒頭に院長の経営理念・患者への姿勢・スタッフへの期待を一文添えるだけで、就業規則の印象はまったく変わります。ルールを押しつける書類ではなく、「一緒に働くための約束事」として提示することで、スタッフの受け取り方も変わります。

私のnote記事「クリニック経営に必要な『自由とルール』のバランス」でも触れていますが、自由だけでも管理だけでもなく、両者のバランスが院内の心理的安全性をつくります。就業規則はそのバランスを「見える化」するツールです。就業規則があれば「私が言っているのではなく、ルールに照らして話している」という立場で注意ができます。院長自身を守るためにも、就業規則の整備は不可欠なのです。

 

就業規則作成・見直しのチェックリスト

  • ☐ 始業・終業・休憩時間が診療体制に合わせて具体的に記載されているか
  • ☐ シフト変更・急な欠勤時の手続きが明文化されているか
  • ☐ 年次有給休暇の取得手続きと年5日取得の運用方法が書かれているか
  • ☐ 患者情報・SNSに関する守秘義務が具体的に記載されているか
  • ☐ 懲戒事由が具体的に列挙されているか(抽象的な記述になっていないか)
  • ☐ パートタイム・有期雇用への適用範囲が明確か
  • ☐ 副業・兼業に関する規定があるか
  • 参考情報:厚生労働省中央社会保険医療協議会(中医協)
この記事を書いた人
古川 瑞紀
合同会社Mizu 代表
看護師・MBA(経営学修士)

クリニックの運営支援(経営・マーケティング・人事マネジメント)、保険診療クリニックへの自費診療導入、電子カルテやシステム導入まで幅広く対応。単なる助言ではなく、現場にあわせて伴走するスタイル。

現場もわかる、経営もわかる——その両面の視点で、再現性のある仕組みづくりと長期的な成長を支援します。