コラム

クリニック経営で失敗しない3つの視点

クリニック経営は、医師としての技術や情熱だけでは成り立ちません。 「開業したものの、想定よりも経営が厳しい」「スタッフが定着しない」「患者数が伸び悩む」——。 こうした声は珍しくありません。実際、開業から3年以内に経営が傾くクリニックは少なくないといわれます。なぜこのような失敗が起きるのでしょうか?

開業前は「患者が来れば成り立つ」と考えがちですが、現実はそう単純ではありません。 医療技術だけでなく、採用、教育、マーケティング、数値管理、スタッフとの信頼構築まで、 すべてが経営者としての判断を求められます。 原因は立地でも景気でもなく、経営そのものに対する理解不足にあることが多い。

実際、東京都内では美容クリニックの開業が急増する一方、開業からわずか数年で閉院や譲渡に至るケースも珍しくありません。公式に公開されている明確な数字は少ないものの、2024年には業界全体で休廃業・倒産・解散を含めた退出件数が過去10年で最多を記録したという調査もあります(東京商工リサーチ「美容医療市場の動向分析」2025年6月発表)。競争激化、人材不足、広告規制の強化、コスト高騰などが重なり、経営基盤の弱い新規クリニックほど3年以内に淘汰される傾向が見られるのです。中には大手グループへの譲渡を選ぶ院長も増えており、「開業=安定」ではない現実が浮き彫りになっています。

私自身も過去に調査していたクリニックで、印象的な事例がありました。そこは価格設定が非常に安く、連日予約が埋まっていたほど人気のある美容クリニックでした。しかし、提供されている施術内容と料金を見たとき、「これは売上と原価が合わず、利益が出にくいのではないか」と懸念していたのです。しばらくしてそのクリニックを検索してみたところ、すでに閉院しており、破産手続きに入っていたことが判明しました。いくら集患できていても、経営の仕組みがなければ継続できない——その現実をまざまざと感じさせられた出来事です。

本稿では、クリニック経営における失敗の背景と、長く続く組織を築くために必要な3つの視点を整理します。

誠実さ ― 人が離れないクリニックをつくる基本

クリニック経営の根幹は、人間関係にあります。 患者さんもスタッフも、「信頼できる人」に惹かれて集まります。 逆に、誠実さを欠いた経営は、時間の経過とともに確実にほころびが出ます。

短期的な利益を追い、スタッフとの約束や労務環境を軽視すれば、内部のモチベーションは下がり、離職が相次ぎます。 結果として、教育コストが増大し、患者対応にも影響が出る——これは非常に典型的な「経営失敗の連鎖」です。

一方で、誠実な経営者は、問題が生じた際にも冷静に向き合い、誤りを認め、改善を図ります。 こうした姿勢はスタッフや患者の信頼を呼び、結果的に経営を安定させます。

誠実さは、経営のリスクを最も低くする“無形資産”です。

経営スキル ― 感覚ではなく仕組みで動かす力

医療の専門知識と経営スキルはまったく別物です。 診療スキルが高くても、経営が立ち行かなくなるクリニックは少なくありません。

たとえば次のような声は非常によく聞かれます。

  • 「スタッフが定着しない」
  • 「採用した人材と、既存のスタッフがあわない」
  • 「マーケティングや広告に費用をかけても費用対効果が悪い気がする」
  • 「月末の収支が合わない」

これらの多くは、院長の努力や人柄とは関係なく、経営の仕組みが存在しないことが原因です。 組織運営を感覚的に行うのではなく、データと仕組みで動かすことが重要です。

経営スキルとは、

  • 収益構造を理解すること(人件費率、原価、粗利)
  • 適正な人員配置と業務分担を行うこと
  • 集患・マーケティングを戦略的に考えること
  • 数字を定期的に振り返り、改善すること

これらの積み重ねです。

また、SNSやWebマーケティングも単なる広告ではなく、経営の一部と捉えるべきです。 「誰に」「どんな価値を」「どう伝えるか」を考え、診療理念と一貫した発信を行うことで、初めて患者との信頼が生まれます。

近年ではSNSマーケティングが主流となり、美容クリニックも価格競争の局面に突入しています。 そんな中で他院と差別化を図るには、独自性をどう打ち出すかが鍵になります。たとえば「誰に」「どんな価値を」「どう伝えるか」を明確にし、診療理念と一貫した発信を行うことで、初めて患者との信頼が生まれます。

クリニックには必ず、他にはない良さがあります。 それが「技術」「設備」「人柄」「スタッフの対応」であるかはさまざまですが、まずは自院の強みと弱みを客観的に見つめ直すこと。 そして弱点をどう補完し、どう魅せるかを考えることが、継続的な集患と経営の安定につながります。

ビジョン ― 「なぜ開業するのか」を明確に持つ

開業の理由は人それぞれです。 「病院勤務が大変」「自分のプライベートも大切にして仕事したい」「自分の理想の医療を実現したい」——どの理由も自然ですが、 ビジョンがないまま開業すると、方向性を失いやすいという共通点があります。

開業後には、必ず想定外の困難が訪れます。 患者数が伸びない月、スタッフの退職、予想外の支出。 そんな時に支えとなるのは「なぜ自分はこの医療をやるのか」という明確な想いです。

  • 「地域でこういう医療を根づかせたい」
  • 「自費診療で患者さんのQOLを高めたい、笑顔になってほしい」
  • 「チーム医療で信頼される場をつくりたい」

その“軸”がある先生ほど、苦しい局面でもぶれずに判断ができます。 ビジョンを持つというのは、単なる理想論ではなく、経営判断の羅針盤を持つことです。

また、その強いビジョンはおもいとなり、スタッフや患者にも伝わります。 言葉、雰囲気、顔つきに出てくるので、いつも忘れずに意識し続けたい要素です。

よくある「開業失敗パターン」

これまで多くの現場を見てきて、失敗には一定の傾向があります。
以下は、特に注意すべき代表的なパターンです。

  1. 業者やコンサルに丸投げしてしまう
     → 「全部任せて大丈夫です」という言葉に安心してしまい、
      自分で数字を把握しないまま進行。結果、運営の主導権をコンサルや業者にゆだねてしまい失う。または、スタッフに主導権を握られるというパターンも少なくない。理由として、大事な意思決定を他人軸できめてしまうこと。経営視点と現場視点ではみている方向が違う場合もあるため、よく考えて指針をきめる、意思決定すること
  2. 人材マネジメントを軽視する
     → 現場とのコミュニケーション不足により、スタッフが離脱。
      患者対応の質が低下し、悪循環に。
  3. 収支管理が曖昧
     → 利益構造を理解せずに機器を導入したり、広告費を浪費。
      開業1〜2年で資金繰りが悪化。
  4. 理念が定まらないまま運営する
     → 「何を大切にしているクリニックなのか」がスタッフにも患者にも伝わらない。
      結果、口コミも育たない。

こうした失敗の背景には、「医療を提供する=経営が成り立つ」という誤解があります。
医療と経営は別軸であり、両輪で考えなければ持続できません。

成功するクリニックに共通する思考習慣

成功しているクリニックには、共通する姿勢があります。

  1. 数字から逃げない
     → 毎月の売上・利益・費用を自分の目で確認し、原因と改善策を明確にする。
  2. 人を育てる意識がある
     → スタッフを“労働力”ではなく“パートナー”と捉え、信頼関係を重視する。
  3. 外部の意見を柔軟に取り入れる
     → 専門家や他院の成功事例から学び、改善を続ける。
  4. 理念を軸に判断する
     → 流行や売上よりも、「患者にとって正しいか」を基準に意思決定する。

こうした姿勢を持つ先生方は、結果的に地域で信頼され、スタッフにも選ばれるクリニックへと成長しています。

経営を“学ぶ文化”をつくることが未来を変える

医療現場では、診療技術の研鑽に比べて、経営について学ぶ機会が極端に少ないのが現状です。
「数字が苦手」「経営は専門家に任せたい」と感じる先生も多いでしょう。
しかし、最低限の経営知識を持つことは、開業医にとっての“防衛策”でもあります。

経営を知ることで、不要な支出を防ぎ、信頼できるパートナーを見極められるようになります。
何より、院長自身が数字を理解していると、スタッフの意識も変わります。
経営が透明化し、チーム全体が同じ方向を向くのです。

まとめ ― 経営の成功は「誠実さ」と「学びの継続」から

クリニック経営で失敗しないためには、特別な才能は必要ありません。
必要なのは、誠実であること、学び続けること、そして自分のビジョンを言語化すること。

医療技術の進歩とともに、経営環境も日々変化しています。
その変化に柔軟に対応できる経営者こそ、長く信頼されるクリニックを築ける人です。

参考文献・出典一覧

東京商工リサーチ(2025年6月)
「美容医療」市場は3年間で1.5倍に拡大 “経営力”と“施術力”で差別化が鮮明に
https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1201494_1527.html

株式会社矢野経済研究所(2025年6月)
美容医療市場に関する調査を実施(2025年)
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3844

ETANA株式会社(2025年7月)
美容クリニック従事者の離職・定着要因に関する実態調査
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000142789.html

日本美容医療リスクマネジメント協会
美容医療の広告違反、362サイト・2888箇所(2023年度調査)
https://www.biyouiryou.jp/news_detail.php?p=258

厚生労働省 医療施設動態調査(2023年度)
診療所の開設・廃止数の統計資料
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/23/dl/11gaikyo05.pdf

帝国データバンク(2025年8月速報)
医療脱毛関連倒産、過去最多の見通し
https://www.tdb.co.jp/report/industry/20250818-datsumou25y/

ヒフコNEWS(2024年12月)
医療脱毛アリシアクリニック 運営2社が破産手続開始 被害者9万人超えか、銀座カラー破綻から1年、医療脱毛にも経営破たんの動き
https://biyouhifuko.com/news/japan/10314/

この記事を書いた人
古川 瑞紀
合同会社Mizu 代表
看護師・MBA(経営学修士)

クリニックの運営支援(経営・マーケティング・人事マネジメント)、保険診療クリニックへの自費診療導入、電子カルテやシステム導入まで幅広く対応。単なる助言ではなく、現場にあわせて伴走するスタイル。

現場もわかる、経営もわかる——その両面の視点で、再現性のある仕組みづくりと長期的な成長を支援します。